Tohoku Tournament 2016は無事終了しました。感謝感謝。
閑話休題(どっちが閑話なんだか)。
ところで。
クリケットが『上流階級のスポーツ』だと言うのなら
何故インドやパキスタン等の南アジアで金持ちだけでなく貧乏人にも人気なのか?
という疑問を持っている人がいるようです。
何故、
英連邦諸国で人気があるスポーツがフットボールではなくクリケットなのか?と。
以下、かなり乱暴な説明。細かいツッコミは無しの方向で。
英国は我々日本人が思う以上に
各階級の文化に差がある国です。
喋り方ひとつ取っても、
江戸時代の武士と町人のような違いがあると思ってください。
スポーツも例外ではありません。
上流及び中産階級はクリケットとラグビー、
労働者階級はフットボール(サッカー)をプレーするものなのです。
(これらのスポーツを『見る』だけならこの限りではない)
そして、
18~19世紀の大英帝国の興隆・全盛期に
英領植民地(豪・新・南ア・印・パ・バングラ・スリランカ・西インド諸島等)に行けたのは
国の仕事をするエリートか、金と暇が有り余っている人たちしかいないわけです。
労働者階級が身銭を切って植民地に赴く理由がありません。
(オーストラリア辺りは元々流刑地だから労働者階級がそれなりに多かったが)
植民地の仕事は全て現地の人がするわけですから。
そして着いてみれば、
目の前にはだだっ広い平原。
そういう人たちが各地で余暇を楽しんだとして、
灼熱の砂漠(豪州や南ア)や
英国人の想像を絶する高温多湿地域(南アジア等)で
『ラグビーをやろう』とは思わないでしょう。
豪・新・南アやローデシア(現ジンバブエ)あたりはまだ
緯度からして四季があるので、冬にラグビーをやればいいのですが
常夏のインド亜大陸や西インド諸島でのラグビーはどう考えても拷問です。
もっとも、西インド諸島の近くには旧スペイン領が沢山あるので
20世紀初め頃にはフットボールがそれなりに行われていたようですが。
多少暑くても休み休みやる分には問題ないという事で
各植民地では出張したり移住したりした上流の人々によりクリケットが盛んに行われ、
それを見ていた現地の人たちが
彼らのプレーを見て真似をして、ルールを覚え、広まっていった…
という流れが一番自然かと思われます。
※
Q:テニスはどうした?
A:
あ、あれはフランス起源やし(震え声)
現行に近いルールができたのは1870年代と比較的後発なうえ、
個人競技なので「少ない元手でプレーできる」ものではなかったと思われます。
Q:ポリネシア諸国ではラグビーの方が人気があるんですが?
A:アーアーキコエナーイ(aa略)